喪失と再生のアートラボ 2025

喪失を見つめ、再生を紡ぐ。
当事者たちがアーティストとなる6か月の物語─

プロジェクト概要

  • ラボの目的:
    喪失は、誰もが人生の中で出会う体験です。
    大切な人との別れや、身体の変化、暮らしの移り変わり。
    それらは言葉にしにくく、気づかぬうちに心の奥に積み重なっていきます。
    「喪失と再生のアートラボ」は、そうした体験を“特別なもの”としてではなく、誰もに共通する出来事として見つめ直すための場です。作品制作という行為を通して喪失と向き合い、形にすることで、参加者は自分の歩みを確かめ、これからを生きる力を取り戻していきます。
  • 運営:
    一般社団法人Void Arts Project
  • ワークショップ期間:
    2025年6月21日〜9月6日(全6回開催)
  • 成果展実施:
    2025年11月22日〜24日 at 北千住BUoY

喪失を抱えた人の語られなかった声は、どこへ行ってしまうのか?その声を、表現してみたらどんな化学反応が起こるのだろうか?そんな問いから、このアートラボが生まれました。

清水伶は自死遺族としての体験から、さまざまな喪失をテーマに作品をつくってきました。2025年2月に開催した展覧会《あなたがいない「   」を、どう埋めるかさがしています》では、死別や身体機能の喪失、尊厳その喪失など、さまざまな喪失当事者にインタビューを行い、その声を映像として展示しました。語られなかった声を出すことで、今を生きることを再確認できる、そんな効果に気づいた清水は、表現することで「もう一度生きることを構築し直せるのでは」という仮説を立てます。
自らの哀しみを掘り起こすのは辛い作業でもあり、危険なことでもあります。それをあえてしながら作品化して行くことに賛同してくれた5人とともに、「喪失と再生のアートラボ」が立ち上がります。彼・彼女らは職業も年齢も異なる、アーティストとは名乗っていない人たちです。しかし、さまざまなワークショップを通して表現する自分なりの方法を見つけて皆さんの前に発表します。

この試みは、ただ個人の哀しみを共有しようというものではありません。「なぜこの社会は、喪失を語ることを許さないのか」「私たちは、どのように共に生きていけるのか」そんな問いを持ち寄った実験となります。
この展覧会は、5人にとって「作家としてのデビューの場」であり、清水を含む6名による、小さな“ラボ”の公開研究発表です。正解はありません。けれど、誰かが声にならない痛みを訴えられる、そしてそれを受け入れられる社会を目指して、私たちはこの場をひらきたいと思っています。どうか、この挑戦を一緒に支えてください。そしてあなたのまわりにも、この活動を伝えていただけたら嬉しいです。

クラウドファンディングへのご協力ありがとうございました

残念ながら満額の達成とはなりませんでしたが、ご支援いただきました費用はスタッフの増援や什器の充実に充てさせていただきました。
会場でぜひお会いしましょう!

喪失から再生を探る現代アート展を開催したい!喪失を語り合える社会を共に
「喪失と再生のアートラボ」展は2025年11月22日から24日、北千住BUoYにて開催する美術展です。ワークショップ参加メンバーそれぞれの喪失体験をもとに、作品化に挑む実験的試み。喪失を形にし共有する...

成長のストーリー

第1回:はじまりの出会い

都内レンタルスペースに集まったのは、20代から50代まで、世代も背景も異なる5人のメンバー。
息子を亡くした哀しみを作品に昇華したい方、記憶障害の家族と日々の喪失に向き合っている方、恋人を早くに失った方、グリーフケアに携わる中で自分の喪失を深く見つめたいと参加を決めた方、そして2月の展覧会に触発されて「自分もつくってみたい」と申し込んでくれた方。
それぞれの動機は異なりますが、重なり合う部分もきっとある。そんな化学反応の予感に、開始前から場の空気は少しざわめいていました。

初回の内容は、自己紹介から始まり、西洋美術史から現代アートまでを駆け抜けるレクチャー、「死を見つめるゲーム」と名付けたワーク、そしてディスカッション。語り合ううちに時間はあっという間で、気づけば予定を30分オーバーして3時間が過ぎ去っていました。

第2回:喪失を言葉にする

この日のラボは、ひとりひとりが自らの喪失をインタビュー形式で語る時間でした。
言葉にするにはあまりにも重い体験。けれど声に出すことで、少しずつ輪郭を持ちはじめる記憶や感情があります。

ある方は、亡くなった息子さんについて語りました。
どんな人だったのか。別れの瞬間、どのように感じたのか。今はその存在をどう感じているのか。語るうちに、涙がこぼれました。
また別の方は、共に暮らす家族が少し前の過去を忘れてしまうことに、不自由さや寂しさを感じていると話してくれました。支える側の大変さがある一方で、それを言葉にしづらい日々。声に出すことで、初めて共有できた痛みでした。
恋人を病で失った方は、今もモーニングジュエリーを身につけています。どこかでまだ隣にいると感じることがあると、静かに話しました。
年上の同性に恐怖を抱き、うまくコミュニケーションをとれないまま大人になってしまった方は、唯一憧れることができた存在を失い、その喪失をいまだ受け入れられないと語りました。
そしてコロナ禍を経てマスクを外せなくなってしまった方は、自分を同調圧力に流されないよう育ててくれた両親の話をしてくれました。マスクという布の向こう側に、喪失と再生のテーマがつながっていることを、私たちは気づかされます。

一人ひとりの声は異なりますが、共通していたのは「まずは吐き出す」ことの大切さでした。
インタビューを通して体験を整理し、やがて「その経験を通して社会に何を問いかけられるのか」へとつなげていく――。その最初の扉を開いた時間でした。
また、喪失にまつわる作品づくりをしている先人は数多くいます。それら事例を紹介すると共に、そこに秘められたメッセージなどにも思いを馳せ、自分が表現を行うのであればどのようにしていけるか?に考えを巡らせる時間も持ちました。

そして裏話をひとつ。予算を節約しすぎたために、真夏にもかかわらずぎゅうぎゅう詰めの会議室での開催に。あまりに狭かったせいで記録写真も撮れず、思い出は心の中にだけ残ることとなりました。

第3回:表現の可能性を探る

アートヒストリーと事例を学んだ第1・2回を経て、いよいよこの日はメンバーそれぞれが企画を発表する番。
「自分の喪失をどう表すか?」――その問いに、ひとりひとりが向き合いました。
とはいえ、発表後のフィードバックは難しいものです。誰かの試みに欠点を指摘するのは勇気がいる。最初は「素敵ですね」「面白いです」と褒める言葉ばかりが並びがち。率直な意見を述べるよう促し、ようやくメンバーも少しずつ本音を口にしはじめました。ワークショップの難しさと面白さが同居する瞬間です。

発表の内容はどれもユニークでした。
記憶障害のある家族と暮らす方は、「底の浅いジョウロみたいなんだよ」と語った本人の言葉から着想を得て、記録された言葉がジョウロから流れ出してしまう装置を構想。ただ、言葉が流れた先をどう表現するかは未定で、「一緒に考えてほしい」と会場に問いかけました。
マスクを外せなくなった方は、小学校時代の思い出――ひとりだけ水色のランドセルを背負い「自分らしさ」を認められていた記憶――を手がかりに、マスクとランドセルを組み合わせたインスタレーションをスケッチ。けれど「これで伝えたいことが伝わるのか?」と迷いもにじみました。
息子を亡くした母親は「どんなに小さな存在も周囲に影響を与えていることを水の波紋で示したい」と、展示会場に水を敷き詰める案を発表。壮大で魅力的だが、現実的には難題も多そうです。
試みはどれも未完成で、答えはまだ見えません。けれど「どうしたらもっと伝わるのか?」を語り合う時間そのものが、すでに次の表現を育てているように思えました。

最後には、それぞれが持ち寄った雑誌と、昭和初期の雑誌とを使ったコラージュの実践を全員で体験。切り貼りするうちに思いもよらないイメージが立ち上がり、ものづくりの純粋な楽しさを再発見しました。
この日生まれたコラージュ作品は、クラウドファンディングのリターンにも設定しました。A4サイズで、額に入れて飾れる手軽なアート作品として、みなさんの応援を形に変えていきます。

第4回:フィードバックと対話

4回目のワークショップは、これまでの議論や学びを踏まえて「企画をブラッシュアップする」ことがテーマでした。参加者それぞれが、自分の喪失体験をどう作品に落とし込めるのか?その試みを改めて言葉にして発表していきます。

「記憶をすくい取るような仕掛けはできないだろうか」
「喪失を花や海のイメージに託したらどうだろう」
「日常で使っていた物を作品にすれば、他者もその感覚を共有できるのでは」

出てきたアイディアは、まだ揺らぎ、どれも完成形には程遠いものです。けれど、それこそが今の大切な段階。抽象的だった思いや痛みが、初めて“かたちを持ちうるかもしれない”と感じられた瞬間でした。
発表の後は、「伝えたいことは本当に伝わるのか?」「素材は何を選ぶべきか?」といった議論が続きます。前回は恐れずに指摘をすることを促しましたが、それだと個人感の指摘となってしまうので、今回からは付箋を用いた発言方法に方針変換。互いに支え合いながら率直な言葉を交わすことができました。

ワークショップは、ただ作品をつくるための場ではありません。
喪失を抱えたひとりひとりの想いが交差し、他者の視点を通じて新しい輪郭を与えられる場です。
この日、私たちは「作品とは、自分だけで完結するものではなく、関わる人々との間で育っていくものなのだ」と改めて実感しました。

第5回:心を支える学びと、次の一歩

これまでのワークショップで、参加者は自分の喪失と真剣に向き合い、その思いを作品のかたちへと模索してきました。しかし、深く向き合えば向き合うほど、心は疲弊してしまうこともあります。
そこで第5回は、協会理事でもある公認心理師の清水智子さんをゲストに迎え、喪失と向き合う際に生じる心の疲労や、その対処法について学びました。

智子さんは「マインドフルネス」の実践を紹介しながら、こう語ります。
「私たちの注意は、過去や未来にさまよいがちです。けれど、いまこの瞬間に気づきを向けることで、心の揺れに振り回されにくくなります」

呼吸に意識を向ける。
身体の感覚を丁寧に観察する。
判断せずに「いま」を味わう。
小さな実践が、やがて自分を認め、感情を調整し、他者を思いやる力につながっていく――そんな視点を得られたのは、これから作品制作を進めるうえで大きな支えとなりそうです。

後半は、メンバーの希望もあり、さらにブラッシュアップしたアイディアを発表し合いました。
前回よりもぐっと具体性が増し、素材や演出についての議論も活発に。
互いに意見を交換しながら、実際に作品化へと歩み出す力強さが見えてきました。

「心のケア」と「表現の深化」。
その両輪を確かめたことで、喪失を見つめる時間は、より安心で、より創造的なものになっていきます。

第6回:それぞれの物語を携えて

4ヶ月にわたって続いた「喪失と再生のアートラボ」も、ついに最終回を迎えました。
この日は、5人の参加者それぞれがプロトタイプとなるものを持ち寄りながら、自らの喪失と真正面から向き合い、その痛みをどう作品に変え、社会へ問いかけていくのかを語り合いました。

実は前回、心の疲れから一人の仲間が欠席していました。
喪失と向き合うことは、ときに大きな負荷をもたらします。
それでもこの最終回、仲間は再び輪の中に戻ってきました。
静かな笑顔と共に語られた言葉は、私たち全員に「ひとりではない」という実感を与えてくれました。

ある人は、記憶を残すことが難しい家族との日々を形にしようとしています。
ある人は、遺された者の葛藤の道のりに一筋の光を見出そうとしています。
ある人は、恋人を失った哀しみと、今も尚感じる繋がりを光と影のインスタレーションへ。
ある人は、マスクと同調圧力をめぐる問いを社会へ差し出そうとしています。
ある人は、ペットとの別れを通じて人との関わり方を探り直しています。

5人5様の喪失は、痛みの記録であると同時に、再び歩み出す力の証でもあります。
そしてこの日、私たちは確信しました。
――この試みは「作品づくり」を超えて、互いを支え合いながら生き直すための場そのものだったのだと。

ラボで積み重ねた時間は、11月22日(土)〜24日(月・祝)の展覧会へとつながります。
たった3日間の会期の初日18時には、ゲストに芹沢高志さんを迎え、講評会も実施予定です。
清水伶の2月個展での作品群に加え、尊厳死協会協賛による新作も発表されます。
どうぞご都合をつけて、ぜひ足をお運びください。

会場下見を行いました

10月のはじめ、メンバー有志で会場となる北千住のBUoYに下見に行ってきました。
それぞれが作品の構想を語り合いながら、どのスペースを使って、どう見せていくかを検討。
限られた空間の中で、喪失や再生というテーマをどう立ち上げていくか――真剣に、でも和やかに議論が進みました。

ちょうどチラシも刷り上がったばかりで、初めて手に取った瞬間には思わず感嘆の声が。
自分たちの取り組みが少しずつ「形」になっていくことを実感し、同時に展示が現実味を帯びてきた緊張もありました。

下見を終えたあとは、近くの居酒屋でささやかな乾杯。
秋刀魚の刺身をつつきながら、秋の訪れを堪能したのでした。

展示会に向けて、制作もいよいよ佳境に入っていきます。
また進捗をお伝えしますので、どうぞ楽しみにお待ちください。

作品の仮組みを行いました

10月末、展覧会本番に向けた「仮組み会」を実施しました。
会場に招いたのは、展覧会エンジニアとして参加いただく金築浩史さんと西野隆史さん。この日は、メンバーが構想してきた作品を、可能な限り本番そのままの環境で立ち上げ、技術的に実現できるのか、どの方法が最適なのかを、プロフェッショナルと共に検証する重要なプロセスです。

メンバーが持ち込んだのは、喪失の物語を光や映像、声、身体の記憶として可視化しようとする、多種多様なアイディア。それを受け取った金築さんと西野さんは、まるで会話を翻訳するように、頭の中の情景を次々と物理世界へと引き寄せていきました。

光はどの角度で落ちるべきか
音はどこから立ち上がるのが自然か
ポンプの具合、展示物の配置、作品を見る鑑賞者の体験設計…
繊細なディテールが、作品の核そのものに関わってきます。

エンジニアのお二人は、その喪失の手触りを損なわない形で、実現可能性の幅を広げてくださいました。喪失の物語を抱える参加者にとって、作品化は単なる制作ではなく、自身の体験と向き合う再生のプロセスでもあります。その道の途中で、テクノロジーの力が伴走者として寄り添うことの心強さを、全員が確かに感じた一日でした。

プレイベントを行いました

12月16日の日曜日に《喪失と再生のアートラボ》のプレイベントとして、清水伶が制作した作品『喪失さがしカード』を使った対話型ワークショップをBUoY(展覧会会場)の地下で行いました。

このワークショップでは(本来のカードの使い方とは少し違います)、机に並べられた全てのカードのうち、自分が話せると思ったものを選んでいただき、それにちなんだエピソードを簡単に語っていただくということをしました。

「しばらく呼んでいない名前は?」と書かれたカードを選んでいただいた方は、6年間付き合った友人と喧嘩別れしてしまい「別れるときは意外とあっけなかったな」と、友人関係の喪失を振り返りました。
また、「届かないままの手紙は?」と書かれたカードを選んでいただいた方は、飼っていた犬を亡くした時に書いた手紙を冷蔵庫に貼ったままにしていたことを思い返したりも。

参加した皆さんが、それぞれのカードから思い浮かべる誰か・何かを振り返り、思いを馳せる時間となりました。

喪失は、誰にでも・どこにでもあります。そこにあるのは悲しみかもしれませんし、諦めかもしれませんし、ノスタルジーのような気持ちでもあるかもしれません。それは私たちの生活の一部であり、決して恥ずかしいと口を閉ざすことではありません。
ぜひ展覧会当日に、メンバーの喪失のかたちと出会い、そんなことを感じてみていただけたら幸いです。

展覧会について

展覧会概要

  • 日時:
    2025年11月22日(土)〜24日(月・祝)
    入場料無料 10:00〜20:00
    ※最終日は18時まで
    ※展示の他、メンバーによるワークショップも実施
  • 場所
    北千住BUoY
    〒120-0036 東京都足立区千住仲町49-11-2F
    東京メトロ千代田線・日比谷/JR常磐線/東武スカイツリーライン「北千住」駅出口1より徒歩6分、西口より徒歩8分
    https://buoy.or.jp/

展覧会報告

前々日からバタバタと搬入&設営をし、迎えた初日の朝10時手前。アートラボのメンバー達が静かに作品の最終調整をしている姿がありました。その場に漂っていたのは緊張ではなく、「ここまで来た」という確かな息づかいでした。

総来場者数は 145名。
アンケート回答数は 86件(回答率59%)。
数字以上に心に残ったのは、鑑賞者の言葉の重みと、空間に満ちていた静かな共鳴でした。

今回の展示は、4名のメンバーと主宰・清水伶の作品で構成されました。残念ながら清水ミサさんは体調不良で参加が叶わず。しかし彼女が途中まで仕上げていた100号キャンバスが会場に届き、メンバー達で心を込めて補作し、展示することができました。「ここまで頑張ってきた彼女の歩みを、どうしても届けたい」そんな思いから生まれた共同制作でした。
一方、清水伶自身も、尊厳死を選んだ母の最期を語った丹澤太良さん(日本尊厳死協会)のエピソードに合わせて、死の3日前に行ったという居酒屋を再現した新作映像インスタレーション《最後の晩酌》を出展。会場の一角で、太良さんの静かな語りが観客を包み込みました。

● あかねいさん《残ってないのか?引き出せないのか? ― 静かに消える ―》
白い蚊帳の向こうで揺れる金魚鉢。与えられたミッションに従って観客が書いた言葉を沈めるたび、小さな驚きの声が上がります。金魚鉢の中で一瞬で消えてしまった言葉は、記憶という目に見えない機能を失った家族の追体験です。それは、忘却の痛みではなく、曖昧さそのものを受け止めるような時間でした。

● 小林ひでとさん《つなぐ ほどける またつなぐ》
3面に写真を並べ、それぞれにテーマが与えられた作品群。椅子に置かれた音声プレイヤーからは、テーマに合わせた音楽や語りが流れてきます。鑑賞者が椅子に座ると、「ほどけた糸」がそっと浮かび上がります。喪失を癒すのではなく、抱きしめる場所として、多くの来場者が長く座り込んでいました。

● 中山春佳さん《背嚢神社》
水色のランドセルが静かに置かれ、垂れる不織布が揺れる神棚。幼い頃の「ありのままの自分」を守るために設けられたその空間で、訪れた方にマスクへ願い事を書いて奉納いただくという儀式を行いました。自分の中にしまい込んだ「本音」や「本当の顔」を、考えさせられる体験でした。

● 南晶乃さん《Lifeline》
病を抱えたお子さんの生前の姿を思わせる、光が脈動するインスタレーション。「つながり」という言葉を、もっとも切実なかたちで問い直す試みです。併設された《Preserving》では、シャーレに思いを込めた小さな花のアレンジを制作するワークショップを実施。参加者の思いが可視化されていくようでした。

●清水ミサさん《同じ、海を。》
病で亡くした恋人との旅の思い出を振り返るキャンバス作品群。中央の海のキャンバスにはブラックライトでふわりと浮かび上がる人の影が存在します。しかし明滅するライトによりそれは見えなくなり、代わりに鑑賞者の影が残る…そんな、そばにいるけれど触れられない、それでも確かにある存在を感じる作品でした。

◆ 芹沢高志さんによる講評会も
初日の夜には芹沢高志さんをお呼びしての講評会も。芹沢さんはじっくり2時間をかけて全ての作品に目を通してくださり、メンバーそれぞれと対話した上でご感想をくださいました。
また、今回の展示が「喪失と再生」という極めて個人的かつ普遍的なテーマを真正面から掲げている点に強い印象を受けたと話され、多くのアーティストは創作の根底に喪失を抱えながらも、それを明確に語ることは少ない中、本プロジェクトはそこをあえて可視化しており、その姿勢に「勇気」と「誠実さ」を感じたとのことです。
さらに、メンバーが自身の喪失を抱えながら作品化し、それを観客に「見せる」というプロセスには、個人の癒やしや整理を超えた価値があると、参加者同士が安全な関係性の中で意見を交わせている点を高く評価し、「このラボは創作とケアが共存する希有な場であり、ここからさらに大きな実践へと広がっていくはずだ」と期待を述べられました。

◆ 来場者が残した言葉は、予想以上に深かった
アンケートに綴られた声は、展示空間そのものの続きであり、喪失と再生に向き合う人々のひそやかな記録でもありました。
「喪失は新たな世界へのチケット・メッセージと感じました。」
「なくしたということすら気づいてませんでした。失ったということを改めておもい出すという体験、なかなかない時間、心に向き合うことをさせてくださりありがとうございました。」
「理解・共感していたつもりの自分がよくわかりました。深められた認識が宝です。」
「認知症の母がおり喪失に向かっているのかもしれませんが、症状が進んでもありがとうと言ってくれることを忘れずにいたいと思っています。」
「仲間がいる、と心強くなりました。」
「こころの内が動いているのをいま感じています。このあと歩きながらことばになっていく気がしています。」

◆ 喪失は、誰もがひそやかに抱えている
3日間の展示を振り返って強く思うのは、喪失は「特別な出来事」ではなく、誰もが地続きに抱えている旅路だ
ということでした。その旅路に、たった数分でも寄り添える作品があること。語れなかった痛みが、展示の前でそっと言葉になっていくこと。それこそが、このアートラボが目指してきた「再生のきっかけ」なのだと感じます。
作品を完成させたメンバーの勇気。参加できなかったミサさんの思いを、仲間が受け取り展示したこと。訪れた人々の静かな共感と対話。そのすべてが重なりあい、「喪失は終わりではなく、別の形で続いていく」という実感が、場全体に流れていた3日間でした。

メンバー紹介

<あかねい>
ある日を境に始まった、「喪失」と共に歩む日々。
何も変わったようには見えない外側とは裏腹に、内側では手探りで毎日を過ごしています。
それを喪失した時、人は何を頼りに自分をそして世界を理解するのか。
今回の展示ではそんな視点から、記憶、混乱、そして理解の境界を静かに問いかけ、目に見えない喪失の可視化に挑戦します。

<小林 ひでと>
人を信じるという感覚を、僕は小さな頃に手放した。
家族への不信、師の言葉の暴力、教師の体罰…
喪失は静かに積もっていった。
僕のそばにはモモという名の小さな犬がいた。
彼女は何の見返りも求めずに寄り添ってくれた。
最期の夜、抱きしめることが出来なかった後悔が今も胸に残っています。
唯一憧れた男性も今はもういない。
太陽みたいに明るくて、嘘みたいに優しい人だった。
今回、表現の機会を得て、言葉にしきれなかった記憶を写真を通して向き合おうと思いました。

<清水 ミサ>
大切な人を亡くして、5年の月日が流れました。夢に現れた彼、一人静かに見つめた風景、綴り続けた日記—— 喪失と共に歩んだ1826日を形にすることで、確かにあった彼との時間やこの世界をもう一度愛したいと思いました。痛みを抱えながらも、その存在を想い続ける私の営みと小さな一歩。それをそっとあなたに、見届けていただけたら嬉しいです。

<中山 春佳(なかやま はるか)>
ありのままの自分とは…?誰もが一度は生きていく中で考えたことがあるのではないでしょうか。人との接点によって喪失していくもの、生まれる、再構築されることを日々繰り返しています。生活していく中で私の「声にならない思い」を、形と空間を通じて探ります。語られていない痛みや、言葉にできない記憶を作品を通じて静かに共有し、鑑賞者の何かしらのきっかけになれば幸いです。アートの挑戦は初めてですが、学生時代に自主映画制作で培った経験を生かして、新たな1歩を進めていきます。

<南 晶乃(みなみ あきの)>
大切な存在を失った日から、私の中には「喪失の種」が植え付けられました。
花の世界と出会い、花講師としての道を歩むことで、哀しみは日常に溶け込み…しかし「喪失の種」はいまも静かに根を張り続けています。
今回、アートラボでの探求を通じ、喪失の記憶を光へとつなぐ新たな表現に挑みます。葛藤から芽生える希望を、鑑賞者にもつかんでもらうきっかけとなることを願っています。

<清水 伶(しみず りょう)>
多くの喪失の声を聞いてきて、そこには哀しみだけではなく今を生きる力強さも存在していることを確信しました。そこで今回は、あえてつらい自身の喪失と向き合いながら作品づくりをしてくれる仲間を募り、まさしく「実験」と呼ぶにふさわしい場を開いてみました。
成果展となる展覧会では、そんな仲間の現代アート作家デビュー作とともに、私の2月のプロジェクトでの作品群の一部、尊厳死協会協賛による新作も発表する予定です。
ぜひこの展示に足をお運びいただき、誰かの喪失の声に耳を貸してください。そして、もしできるならご自身の喪失にも触れてみてください。そこに何かが見つかるはずです。

ゲスト

芹沢 高志(せりざわ たかし)
神戸大学理学部数学科、横浜国立大学工学部建築学科を卒業後、(株)リジオナル・プランニング・チームで生態学的土地利用計画の研究に従事。89年にP3 art and environmentを開設。
帯広競馬場で開かれたとかち国際現代アート展『デメーテル』の総合ディレクター(2002年)、横浜トリエンナーレ2005キュレーター、別府現代芸術フェスティバル『混浴温泉世界』総合ディレクター(2009年、2012年、2015年)、「さいたまトリエンナーレ2016」ディレクターなどを歴任。さいたま国際芸術祭2023プロデューサー。

協賛・協力

協賛:
公益財団法人 日本尊厳死協会
https://songenshi-kyokai.or.jp/

展覧会エンジニア:
金築 浩史(かねちく ひろし)
1962年島根県松江市生まれ。立教大学文学部心理学科入学、のち除籍。
91年より株式会社 ザ・レーザー に入社し、以降プログラミングや展覧会の設営、準備の仕事に従事。93年よりフリーランスとなり、展覧会のテクニカルな部分の準備、監修、設営等を行い、現在に至る。
令和5年度文化庁長官表彰を受賞。

西野 隆史(にしの たかし)
1969年東京生まれ。
1989年神田美学校芸術科学実験工房終了。同年、神田美学校芸術科学実験工房助手。
1991年から工房展という形からはじまったサイエンスアートの展覧会「メビウスの卵展」にて
展覧会運営、作品展示、ワークショップなどの活動をする。
1995年よりメディア・アート系の作家サポートの仕事を始める。

チラシデザイン:
植木 裕香(うえき ゆか)
バウ広告事務所所属。
広告グラフィック、パッケージ、ロゴ、エディトリアル等のデザイン制作を行うグラフィックデザイナー。自身でもポスターフライヤー、名刺等の受注制作もしており、個人からの依頼も受け付けている。
https://www.instagram.com/ueyuka62/


代表理事の清水伶について
1976年、東京都生まれ。現代アート作家/映像作家。
喪失と再生、沈黙と語り、可視と不可視といった境界を横断しながら、「声なき声」を聞き取る映像インスタレーションを制作する現代アート作家。近年は、自死遺族、身体機能の喪失、差別経験など、語られにくい体験を持つ人々にリサーチを行い、観客が「他者の痛み」を追体験する装置を構築している。
2018年に現代美術へ転身。かつて商業映像の演出家として築いたフィクションの語法と、現実に生きる人々の声を編むドキュメンタリー的手法を融合させ、個人の記憶を社会的な問いへと昇華する作品を展開。
2025年、台東区芸術文化支援制度により《あなたがいない「   」を、どう埋めるかさがしています》を企画・主催。ゲシュタルト療法の「エンプティチェア」を参照し、同一人物が一人二役で喪失体験を語る対話映像インスタレーションを中心に、自死遺族や差別被害者ら10名の声を集めた。鑑賞者が自身の体験と静かに向き合う場として注目を集める。今後は「語られない記憶のアーカイヴ化」と「匿名的共同性の創出」を主軸に、より国際的な文脈での作品展開を構想している。

アーティストページはこちらから
Void Art(ヴォイドアート)についてはこちらから


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